大体月に一度ほど、酷く凶悪な自分に精神を蝕まれる時があった。
自分も一応は人間であり、それゆえに気分の上下があることは仕方のないことだと思う。
けれど、モノを「壊す」能力を持っている自分にとって、周期的に機嫌が悪くなる日があるというのは、正直言って苦痛だった。得も知れぬ苛立ちや怒りに酷似したどす黒い感情を自分の中で押し殺すのは、とてもとても気力がいることだったから。
自分の身の回りのもの総てを壊して回りたくなるようなその感情――微妙にニュアンスが違うが、仮にそれを怒りだとして――を押さえ込んで、部屋で一人蹲り、何も壊さぬよう、何も傷つけぬよう必死で堪えていた自分を思い返すと、拍手喝采して賞賛してもまだ足りないと思う。

それだけ、私の中を駆け巡る破壊衝動は、凄まじかった。

・・・考えてみれば当然かもしれない。
これは食欲のようなものだ。モノを壊すために生まれた私達には、食欲や睡眠欲と一緒に破壊欲が備わっているだけ。時々、壊したくて壊したくて壊したくて堪らなくなるのだ。お母様もそうだった。月に一度ほど、ふらりと何処かに姿を隠してしまわれる時があった。数日すると何事もなかったかのように戻ってくるけれども。過去に一度、何処に行かれるのか尋ねたことがあった。お母様は静かに、「何もない場所よ」とお答えになった。強すぎるお母様の能力は、抑えきれなかったときに、本当に総てを壊してしまうから。
そして、或る日、お母様はいつものように出て行って、それきりだった。

抑えられなかったのだろう、身体中を駆け巡る破壊衝動が。
いつかは私も、そうやって死に逝くのだろう。

そんなことを想いながら、自らの腕に食い込む爪に力を込めた。
既に肌は裂けて血が滲んでいる。
久遠が見たら、怒るだろうか。それとも悲しむのだろうか。
どちらにせよ、いい気分をさせないことは確かだ。心の中で久遠に詫びるが、そうでもしないと気が狂ってしまいそうだった。何かを壊したくて堪らない。総てを壊したくて堪らない!!
あとあと後悔しない程度に自分の身体を壊して、ほんの少しだけ衝動を消化させる。
壊して良さそうなものは全部壊した。自分の周りには、石や枝葉が粉々を通り越して砂になっている。
元々不要なものなど私も久遠も持っていないから、こうして何かを拾い集めて消化して、残りは耐え忍ぶしかない。この街に来てから、こんな衝動に身を焼かれるのは初めてだった。
そもそも私にこんな厄介な定期衝動があることすら忘れていた。
迂闊だった。次からは何か発散できるものを準備しておかないと。久し振りすぎて身体も精神も辛い。
息が乱れて、涙が滲む。
ああもう、こんな情けない姿、誰にも見せられない。

「助けてクオン・・・」

久遠久遠久遠・・・。
大好きな名前を呼んで、必死に自分を抑え込む。
我慢しなきゃダメ。ここには、久遠の大事なお人形や、お花畑や、時計塔があるんだから。
ここが最後の、私達の居場所なんだから。
壊しちゃ、ダメ。

そう言い聞かせても、飢えた身体は刺激を欲する。
壊してしまえ壊してしまえと本能が叫んでいる。勿論、耳を塞いだところで意味がない。
脳裏に久遠の優しい笑顔を浮かべる。綺麗で優しい、私のタイセツナヒト。
ほんの少し、心が和んだ。
ああ、早く逢いたい。さっさとこんな憂鬱な気分とおさらばして、久遠に抱き付きたい。
今頃きっと、急にいなくなった私を案じて、探し回ってくれているだろう・・・・。
自意識過剰かもしれないけれど、久遠なら絶対私を探してくれているという確証があった。
久遠の全てが、大好きで愛おしい。

「壊してしまいたいよ・・・」

ふと口をついて出た言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
私、今、なんて?
久遠を壊す?そんなこと、そんなこと・・・・ッ!!!!
伸びた爪が左腕を抉っていく。赤が溢れた。それでもまだ足りない。タリナイ。
許せなかった、今この瞬間の自分が。
無意識に呟いた言葉が。
久遠を壊すくらいなら、自分がこの場で壊れてしまえと、本気で思った。

けれど私の想いを裏切るように、私の中で繰り広げられるヴィジョン。
艶やかな黒髪と、整った顔立ち。
白く滑らかな陶磁の肌に、ピシリと黒いヒビが入る。
ピシリピシリと音を立てて、綺麗な肌が侵されて行く。
その美しい顔に、頬に、亀裂が入って、崩れ落ちていく。
有終の美、誰かがそんなことを言ったっけ。
壊れ逝くものは更に美しさを引き立たせる。何かとても強い衝撃が、私の中を駆け巡った。


―――――――ダメだッッ!!!!


頭を思い切り本棚に打ち付ける。
ちょっと勢いが良すぎた。薄く血が滴って頬を流れていく。
ああ、本当に久遠に心配させちゃう。
けれど、鈍い痛みのお陰で、熱に浮かされたような思考は少しまとまってくれた。
あんなこと、考えちゃいけない。思わず呑み込まれそうになってしまった。
快感にも似た激情は、身体の奥に微かな余韻を残した。
それに気付かないフリをして、ぎゅっと唇を噛み締める。
久遠が傷つく姿なんて、絶対に見たくない。
久遠を傷つける奴なんて、絶対に許さない。

喩えそれが私自身でも。






「久遠、愛してる」



身体に燻る余韻が、のちのち強く私を苦しめることになるなんて、私は思いもしなかった。



噛み砕かれたユートピア

壊 れ 逝 く 貴 女 を 看 取 る の が ど う か 私 で あ り ま す よ う に




貴女を身体を殺すのは、きっと私。
私の精神を殺したのは、きっと貴女。





暗い。

(2009 / 4 / 7 By RUI)
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