月明かりの中

銀に浮かぶ花


・・・・・失われた、夜。




ロストナイト








蒼い月明かりに照らし出された夜の街は、何処か幻想的で美しい。
ガラにもなくそんなことを思いつつ、失ったはずの記憶に想いを馳せていく。


壊れた古いビデオのように、脳裏に断片的に映っては消えていく短い動画。

割れた注射器。
ずらりと並ぶ、銀色の刃。
白衣の後姿。
カッと灯る、手術台を照らすライト。

場面が変わって、豪奢な家。
広がる冷たい大理石。
窓を打つ、重い雨音。
振り上げられる腕。
盛大に罵声を紡ぐ口。
立ち込める、アルコールの悪臭。

そして、頬に走る鋭い痛み。




「・・・・っ」


誰も触れていない筈の頬が、じんと熱を持った。

記憶が痛みを覚醒させる。


「・・・・・消えて・・・」


小さな呟きと共に頭を振る。

「消えて・・・・」

脳内に響く、冷たい声。
身体中に走る痛み。
腹を蹴られて、吐き気がする。


「っ消えて・・・・!」

まるでこのまま一回転するんじゃないかというほどまでに大きく首を振って、暗闇の中に虚しく響いていく声をひたすら上げる。段々大きくなっていく自分の声に、しかし脳裏の声は掻き消されることなど無い。

「消えて、消えて、消えて、消えて、消えて、消えて」


同じ言葉を、目的もなくひたすら並べ立てる。
どれだけ悲痛に叫んだところで、言葉の通りにはならないことくらい判っているのに。
ぼやけているくせに鮮明な、脳裏に焼きついた記憶が、身体に染み付いた痛みが、忠実に過去を再現する。


『もう、叩かないで』

痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイイタイ

『たすけて』

だれか、たすけて・・・・



昔の、幼い頃の自分の声が聞こえる。
それすら煩わしくて鬱陶しくてしょうがない。

懇願は誰にも届かない。

周囲から向けられるのは、才能と家柄に対する、羨望と嫉妬の眼差しだけ。
そして必死に努力して勝ち得た才能は、一番判って欲しい人にだけ判って貰えない。





――――ボクは気付いたとき、既にこのセカイにヒトリきりだったんだ。






「もういいっっっ・・・・もう、全部消えてッッッッッ!!」







「本当の人」なんて誰も居ない孤独の中、

伸ばされる手。


ふんわりとした笑顔。


呼ばれる名前。




『氷雨』






「・・・・・違うっ・・・僕は・・・!!」







お願いだから、呼ばないで。

思い出させないで。


貴方を忘れたいわけじゃない。


でももう、僕の姉は貴方じゃない。


僕はもう、『氷雨』じゃない。










『ごめんね、氷雨』







「やめて・・・・やめて・・・ッッッ!!!」



無意味なのに耳を塞いで蹲る。
どれだけ逃げたって、終わってしまった過去は変えられない。
ならばせめて、もう苦しみたくない。

僕を呼ばないで。

思い出させないで。




近寄らないで。


















『僕は反逆者(ルベル)の一人、奏鳴曲だよ』










どうか僕に、あの優しい手を振り払うだけの勇気と、そう名乗るだけの冷酷さを。




記憶を取り戻したソナの心境とか。

(2007 / 8 / 3 By RUI)
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