「神は私に相応しい日を与えてくれたものね」 と言って、その人は嘘っぽく笑った。










―Last Birthday―










4月1日。
四月馬鹿や万愚節とも呼ばれるこの日。魔女達の間でも「Poisson d'avril」(四月の魚)と呼ばれ、知れ渡っている。名前は違えど中身は同じ。一般的に判りやすい言葉で言うならば・・・・


そう、『エイプリルフール』だ。
世間一般的に「嘘の日」として認められている日。

嘘の日。
偽の日。
その日こそが、最高の魔女と称えられし彼女・・・・神姫の誕生日だった。


――――彼女は、地上より遥か上空に作り上げた空間の裂け目に腰掛けて、愚かなセカイを見下ろしながら笑っていた。

「まるで、全てが嘘のようね」 と。


柔らかくウェーブのかかった漆黒の髪が、風になびいてふわりと揺れる。
着飾りもしないシンプルな黒服と、何の加工もされない黒髪。地を見下ろす瞳。
それだけなのに、その人はとても美しかった。

たぶんそれは、心の美しさ。

・・・・そんなことを言ったなら、彼女は途端にその綺麗な顔を顰めただろうし、他の人間が聞いても渋い顔をするだろう。・・・・大量殺人者の心が美しいなんて。

でも私は知っている。
この人の抱える闇の大きさと重苦しさを。彼女の行動の、真意を。
私は、彼女の抱えているそれの重苦しさやらその他諸々を、全て理解しているわけでは勿論無い。私には想像もできないほどの暗闇が、其処にあるのだから。
理解はできない。
ただ、其処に「有る」ことを知っているだけ。

彼女は、強い。
能力的な意味でも確かに660の魔女の頂点に立つだけの強さを持っているが、私が言っているのはそういう意味ではない。メンタル部分・・・何かで測定することのできない部分でも、彼女はきっと660の受け継がれし命の中で、最も強いのだろう。

セカイから居場所を失くした子供達へと危険を顧みずに居場所を与えて、何も知らない人間共から人殺しと罵られ、石を投げられて。
けれど滴る血を振り払って、ただ鋭い瞳で前を見据える彼女はきっと・・・、だからこんなにも美しいのだ。




「全てが、嘘・・・・・ですか?」

先程の彼女の言葉をゆっくりと反芻すると、彼女は地を見下ろしたまま、薄く笑った。


「偽りの日に作られた私が創ったセカイ。けれどこのセカイは、本当に此処に在るのかしら?まるで全ては夢のよう・・・・。朝になったら普通の「日常」で目を覚ますのかもしれない。そう考えると、このセカイは本当に此処にあるのか・・・・もしかしたら、これは夢ではないのか・・・・?そもそも、私が今此処にいることすら、誰も証明できやしないのに・・・・。私の存在すら、もしかしたら嘘。気侭な神の、ほんの一時の暇潰しの悪戯かもしれない。」

「存在の、証明・・・・。」

「出来やしないでしょう?貴方はこのセカイを、今私が此処にいることを、証明できるかしら?」

「・・・・・・・。」

「存在意義も存在価値も、考えてみればキリがない。今見ているコレが現実だなんて、誰にも判らないのだから。『起きているから現実だよ』なんて言葉が出るうちは、決して夢と現を見分けられはしないわ。勿論、そんな言葉が出なくても見分けられはしないけれど。」

「そう、です・・・けれど・・・・。」

「沈まぬ陽も昇らぬ月も存在しない。でも、陽も月も無い時間は確かに存在するのよ。けれどそんなこと、もう人間には理解できない。彼等は考えることを放棄してしまったのだから。あとはもう、溢れる嘘に流されるだけ。」

「人間は・・・・人間も、また思考するくらいは出来ると思いますが・・・・・。」

「ええ、出来るでしょうね。でもしないのよ、彼等は。お互いの全てを疑いながら、本当に疑うべきところは鵜呑みにしている。『地球は丸いものだ』と皆信じきっているでしょう?そう信じている者の一体何人が、その目で地球が丸いことを確認したのかしら?あんな紙切れに写されたものを、劣化した小さな映像を、それが自分達の住む世界の姿なのだと、どうしてそこまで信じられるのかしら?」

「それは・・・・っ。」

「彼等が、自分達で考えないからよ。」




彼女の言葉は、冷たかった。



けれど、彼女の言うこともまた真実。

彼女は、良く判っていた。

セカイの全てを。
セカイが「有るべき姿」から遠く離れてしまっていることを。
このセカイに住む人間の想いを。
その残酷さを。


彼女は、良く判っていた。





「・・・・・・・・・『アイツ』は今頃、何処にいるのかしらね。」



不意に呟いた彼女の言葉に、一瞬私は聞き違いかと自分の耳を疑った。
けれどそれが空耳ではないことに気が付いて、零れそうになる笑いを無理に抑えて、声をかける。



「やっぱり、気になるんですね。」

「・・・・・・別に。煩いのが消えて、日常が少し落ち着いたのが・・・・気に障るだけよ。」



聞こえないようにと声を押し殺して、くすりと笑う。
―――いつか見た、白い女のひと。
冷たくて恐ろしくて綺麗で儚くて、悲しい彼女に。

あの白いひとは、臆することなく近寄って、その腕に彼女を抱いた。



・・・・当然、彼女は振り払ったけれど。


あのひとのことを、彼女が気に掛けていることくらいは、私にだって判ったから。




あの人の欠けた溝を、私が埋めることは出来ないけれど。
せめて私に出来ることを。
あの人の代わりに。





「・・・・・・・・神姫様。」

「何?」


ようやく顔を上げてこっちを見た彼女の視線をしっかり掴んだまま。
臆することなく、はっきりと。

まるで一種の儀式のように。

―――――――――絶対に伝えなければいけないことだから。



なぜなら。

なぜなら・・・・・・・・・・・・・・・・




















「お誕生日、おめでとうございます。」






















これが彼女の最期の誕生日なのだから。

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