――――『裏切り者に罰を、罪人に死を。』 なんて。

彼女がそう言うのを、一体何度聞いたことか。
口癖か、もしくは譫言のように、何度も何度も・・・。
彼女は“仕事”をする前に、必ずそう口走る。
流石に寝言では聞いたことが無いが、この台詞を、この形のいい唇がドライアイスのような言葉で囁くのを、私は何千何万といわず聞いたような気がする。それが本当にそんな回数を聞いているのか、それとも本当はもっと少ないのかなんて彼女のこなした仕事の数を一々覚えているわけではないから判らないのだが。
大体彼女の取る「睡眠」は、他の人間のそれとは大幅に差がある。
端的に、そして簡潔に述べるならば、彼女は睡眠を取るというより「冷凍保存されている」と言った表現が正しい。これは比喩でもなんでもなく、紛れも無い事実。彼女はちょっと、常人とは並外れたとある『力』を持っていて、けれどそれはこの街にも居る魔女達のような特殊能力的なものでは一切無く、強いて例を挙げるならば、持久力とか瞬発力とか、一般人にもあるような力。それのとある一部が、並外れた強さを持っているのだ。けれどそれは少しばかり危険で、ともすれば気付かぬうちに彼女自身が死んでいた、なんてことにもなりかねないモノなので、彼女は基本的に日中は「冷凍保存」という手段で睡眠を取っている。特殊な機械等は全く使わず、部屋の温度を-80.5にまで下げるだけだ。・・・ドライアイスの出来る温度。この室内で完全に凍ってしまう彼女は、しかし死ぬ事は無い。体の作りは一般人と何ら変わらない筈の彼女が何故、食物よろしく冷凍と解凍を繰り返されても死なないのかは私には理解しかねる。やや話がそれたが、ともかく冷凍状態の彼女が寝言をいうことはない。彼女の冷凍は「第二昏睡」と呼ばれる、言わば彼女の二重の封印のひとつ。第一昏睡については、話が更に大幅にそれるので話さないが、ともかく第二昏睡に入っている彼女は仮死状態。それが寝言でまでそんな台詞を話そうものなら、真剣に彼女が人間かどうかを疑いたくなる。


やはり話が逸れたので元に戻すが、思い返せば、彼女がその台詞を言うようになったのは、そんな昔の話ではない。
―――・・・・5年前。そう、たった5年前なのだ。
ならば尚更、きっと何万という回数を聞いているはずがないのだが、やはり彼女の放つ言葉は、その冷たさゆえに耳の奥に凍り付いて忘れられない。それを何度も聞いていれば、勝手に脳内で10倍にも100倍にもしてカウントしてしまう。
彼女がその台詞を言うようになったのは、5年前のある事故と、一人の少女の死が原因・・・いや、彼女にとって事故なんて然程問題では無かっただろう。一人の少女の死。それが彼女の全てを豹変させた。

不思議なものだ、と思う。
彼女と死した少女は、元は決して仲良しでも何でもなかった。
むしろ、敵だ。
私が初めて見た彼女達の姿は、郊外の街全体を巻き込みながら、しかしそれを全く気に掛けずにお互いを滅ぼそうとする、何処か気高き野生の生き物が縄張り争いをするような、そんな荒々しさとはた迷惑さを兼ね備えた姿だった。
驚いた事に、それが一体どうなってこうなったのか。
尤も、その過程は自分のよく知るところなのだが。
十三日十三夜命のやり取りをした彼女達は、お互い無くてはならないまでに親しい間柄となった。

――――私は思う。
もしこんなことになるのなら、むしろ。
彼女達が初めて出逢った時のように憎しみあっていたならば、きっとまだ救われたのだろうと。
もう一人の少女は死んだ。
残された彼女は深い深い苦しみと憎しみと悔やみと悲しみとの中に、その身を沈める。

そして、少女が死んだ事を全て自分のせいにして。
少女の死の重さを、罪の重さとして自分の背に乗せて。




『―――裏切り者に罰を、罪人に死を。』



その言葉で、苦しみ藻掻くのは彼女自身だというのに。
それすらを罰と称し、万死に値する自分の罪を少しでも償おうとするその姿は・・・。























―――――――漆黒の塔、彼女の部屋。
過度な疲労から、普通の人間らしい睡眠に落ちた彼女の耳にそっと口を寄せて。
己の罪深さを存分に味わいながら、ゆっくりと囁く。



「罪人は私だよ・・・・久遠。」





お前の分の罰は、全て私が受けるから。
だから、どうか。




私に罰を、貴方に救いを。



メア独白。
意味不明。
勢いでドバーっと。
(2007 / 02 / 21 By RUI)
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