「・・・・・・・あ、これ・・・・。」


数m先の床に落ちている、長方形の小さな何か。
ソナタはゆっくりとしゃがんで拾い上げた。


表裏見返して、よく確かめる。
薄いパスケースに入った、新聞の切れ端。
普通の人になら、ただのゴミ同然のモノ。

けれどそれは、とてもとても大切にされているのが見て取れた。


「―――――これ、フェーネラルのだ・・・・。」




顔を上げて、周囲を見渡す。
ノクターンやカノンなら、大抵は部屋にいるから判るのだが、フェーネラルは気まぐれにして神出鬼没。
同じ四重奏の自分達でも、フェーネラルが今何処にいるのかなんて想像もつかない。


「でも、これ大事だよね・・・・・。」

所々血の滲んだパスケース。
ソナタ自身も、何度か見たことがある。
これは、そう・・・・――――――――――――――――




「ソナタ?ランチの準備が出来たけど。」
「カノン・・・。」

振り返れば、茶髪の女性が自分を見下ろしていた。

「あ、そのパスケース・・・・・。」
「ここで拾ったんだ。確か、フェーネラルのだよね?」
「ええ、そうね。――――珍しいわね。いつもは肌身離さず持ってるのに・・・。」
「繋いでたチェーンが切れたみたいだよ。ほら、ここで切れてるし。」
「あぁ・・・・一昨日のアレね。フェーはディストと闘り合ったから・・・・。たぶんその時に切れたのよ。」


カノンはパスケースを受け取って、肩を竦めた。


「フェー自身も傷だらけでしょうにね。いつも、消毒すらしないで姿を消しちゃうんだから・・・。」
「ノクターンは?」
「ノクはもうしばらく絶対安静よ。本人は平気だって言い張るけど。」
「・・・・・・二人共、大丈夫かなぁ・・・・。」

ソナタは、静かに視線を落とす。




二日前の報復戦は、惨敗に終わった。


ノクターンは危うく失明しかけ、フェーネラルは命すら奪われそうになった。
どちらもギリギリ免れたが、依然重症なのに変わりは無い。



「二人が・・・・・・二人が死んじゃったらどうしよう!!」

不安をそのまま叫びに出す。
思えばカノンだって不安だっただろうに、カノンは優しくソナタの肩に手を置くと、ふわりと優しく微笑んだ。


「落ち着いて、ソナタ。・・・あの二人がこれくらいで死ぬと思うの?フェーに至ってはもう自分で歩けるみたいだし。あの人は普通の人間じゃないし、ノクターンだってそんな貧弱じゃない。私達の中で唯一医療を学んだ貴方がそんなに取り乱してたら、助かる物も助からなくなるわ。」

ソナタの頭を撫でて、カノンはにこりと笑う。


――――それは何処か時雨の笑顔に似ていて、ソナタは胸が苦しくなるのを感じた。



「・・・・・・・ただいま。」

ふ、と場の空気が変わる。
久遠に良く似た、けれど全く違う、絶対的な空気。


「―――――・・・・・フェーネラルッッッ!?」
「大丈夫かと思ったけど、やはり少し痛む。・・・・・・ソナタ、鎮痛剤みたいなモノはあるかな?」
「え、う、うん!」


ソナタが慌てて鎮痛剤とタオルを渡す。
・・・・焦るのも無理はない。
フェーネラルは血塗れで、歩く度に鮮血が幾個所にも滴り落ちていたのだから。


「ちょ、駄目よフェー!やっぱり貴方も少しは休まないと・・・幾らなんでもこの傷じゃ・・・!」
「そう・・・だな、少し身体も怠いし・・・休ませて貰えるかな。」
「待って、すぐ止血と消毒だけするから!」


想像以上に酷いフェーネラルの傷に狼狽しつつも、ソナタは慣れた手つきで、持ち歩いている医療道具の準備をする。

「―――――ここじゃやっぱり難しいよ・・・。フェーネラル、医療室まで行ける?」
「平気だ。」
「じゃぁそっちで。・・・・カノン、お湯沸かして。」
「もう沸かしてあるわ。」


カノンはお湯を張った桶に何枚かのタオルを沈めながら、医療室へと歩む。
数歩遅れてフェーネラルとソナタがついてきた。


「酷い傷・・・。こんな身体で外へ出て、一体何をしてたの!?」


とりあえずフェーネラルを椅子に座らせて、カノンが詰問する。
厳しくなる言葉も、彼女を想ってこそ。

「“街”の状況を見て置きたかったんだ。少しは効果があったのかと思ったが、全然だった。」
「街!?貴方一人で・・・・?またディスト達に遭遇したらどうするつもりだったの!?」
「見つかるほど近付いては居ないよ。」

落ち着いたフェーネラルの台詞に、カノンは紡ぐ言葉を失う。


「あ、そうだ・・・・。フェーネラル・・・・これ・・・・。」



ソナタは先程の、血の滲んだパスケースをおずおずと差し出す。



本当は、コレは誰にも見られてはいけなかったモノの筈だ。
自分達が見たと知ったら、怒るのだろうか。
それとも悲しむのだろうか。


怯えながらもソナタが手渡そうとしたパスケースに、フェーネラルはほんの少しだけ苦しげな表情を見せたが、すぐに柔らかく微笑んで、言った。



「・・・・大事なモノなのに落としてしまったんだな。ありがとう。・・・・今の私が受け取ると、血で汚れてしまうから・・・少しだけ持っていてくれるかな?」

「え・・・?う、うん!・・・良いの!?」


「君達なら、信頼できる。」

満身創痍なのに強い瞳で笑うと、少しだけ休ませて欲しいと呟いて、フェーネラルは目を閉じた。



「・・・・・・・え・・・?フェーネラル・・・・?・・・フェーネラルッッ!?!?」
「大丈夫よ、ソナタ。寝てるだけ。・・・少し休ませてあげましょう。」
「本当に大丈夫・・・?」
「フェー人を信頼できなかったから・・・・ずっと眠れなかったの。眠りに落ちるのが怖くて。・・・でも、私達のことは信頼してくれてるのよ・・・?そのパスケース、貴方には預けてくれたでしょう?」

「・・・・・・・・・・フェーネラル・・・・。」




預けられたパスケースを眺める。
それは、新聞の切抜きだった。

血の滲んだ、小さな4枚の新聞記事。



ひとつは、小さな家の全焼を報せるモノ。

ひとつは、その親戚の家の全焼を報せるモノ。

ひとつは、田舎の孤児院の全焼を報せるモノ。

ひとつは、とある駅の全壊を報せるモノ。



―――――それは、フェーネラルの辿ってきた運命・・・・。
フェーネラルに関わった人間の、末路。




そしてこの後の、新聞には載らない、もうひとつの事故・・・・・・。

自分達だったら耐え切れはしないだろう。
あまりに沢山の命の重み。




誰かの支えが無かったならば、フェーネラルの心はとっくに砕けていたのだろう。

でも。
だから。

自分達に出来るコト。








「―――――さぁ、ランチにしましょう。今日はソナタの好きなオムライスにしたから。」
「・・・え?本当!?」
「12歳にもなって、オムライスはどうかと思うけどね?」
「僕は13だ―――――――――!!!」


明るい声が、木霊した。











居場所の無い子供達



はぐれないように、そっと手を繋いで。



2006 . 10 . 27

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