私の家は共働きで、物心ついた時から両親と過ごした記憶はあまりない。
経済的に苦しかったというわけではなかったが、母親は育児よりも仕事が好きな人だったから、休日まで仕事をするあの人に構ってもらえた思いではゼロに等しかった。そんな中、たまに休みが取れた父親が私を近くの雑貨店へと連れて行ってくれたことだけが、色褪せていく数少ない幼少時の思い出の中で今でも鮮明に残っている。

父親が私を連れて行く店は決まって近くのデパートの中にある雑貨店で、二人でそこに行くと、父は必ず
「好きなものをなんでもひとつだけ買ってあげるから、選んでおいで」、と言うのだ。
当時の私からしたら店はとんでもない広さで、そこにずらりと並ぶ玩具もお菓子も雑貨も、好きなものを何かひとつ買って貰えるということに目を輝かせて喜んだ。

やがて成長した私は種明かしの如く、宮殿かもしくは魔法の店にすら思えたそこが百円均一の店であったことを今更ながらに知ることになる。普段は仕事に明け暮れているくせに、たまに取れた休みに娘を必ず百均に連れて行き、買ってくれるものはひとつだけなどと守銭奴もいいところだとは思うが、それでも確かに、私は105円で至福の一時を過ごすことが出来ていたのだ。

基本的に父は私の後をついてまわるようなことはしなかった。買ったら戻っておいでと言って100円玉と5円玉を私の手に握らせると、入り口付近でずっと私を待っていた。時計なんて所持しない私は時間を気にすることなく、店内を走り回って陳列された商品を物色する。部屋に持って帰ったところで特に使い道の無いビー玉やおはじきや、その他いろいろな用途不明なものも、商品として並んでいるとどれもきらきらして見えて、そんな中からひとつだけ好きなものを選ぶなんて幼き私にはなかなかの難題だった。
それでも時間をかけて色々見て回って、最後に辿りつくのはいつもレジ近くのお菓子コーナー。言い方を変えれば着色料をふんだんに使った、けれど子供視点では色鮮やかで様々な形を成している煌びやかなお菓子たちは、一目で子供心を鷲掴みにする魅力をもっていた。甘味好きな私は毎度あっさりと飴玉に魅了され、そこで大体買い物は終了する。
飴玉は5個で105円で、袋に5つ好きな飴玉を選んでいれることができた。私は当時大好きだった桃色をみっつと、父親の好きな青をひとつ、母親の好きなオレンジをひとつ袋へ入れてレジへと並ぶ。

満面の笑みと共に、小さな袋入りの飴玉を持って戻ってきた私を迎えると、待ちくたびれているだろう父は「また飴か」と笑って帰路へと歩き出した。



些細だけれど大切な、それは私の日常だった。


それから段々と、最初から頻繁とは言えなかった「お出かけ」の数は減っていき、やがて迎えたその日は、半年振りほどの父親との外出だった。
くたびれた表情と落ちた肩で、それほどまでに痩せたわけではないのに、なんだかとてもやつれて見える。そんな父親と連れ立って、それでも私は久方振りの外出に歓喜した。
ファミレスに入って食事を取り、デザートにアイスまで頼み、ちょっと遠くの大きい公園でひとしきり遊んだあと、最後にいつもの雑貨屋・・・100円均一の店へと来た。
父親は私に、「待ってるから、買ったら戻っておいで」、と言って1000円札を渡した。
私は此処に来て1000円札を貰うのは初めてのことだったから、何の疑いも持たずに大いに喜び、1000円札を握り締めて商品を見て回った。


私はあの日の買い物に、どれだけの時間をかけたかは判らないけれど・・・・ともかくいつもよりもずっとずっと長い時間見て回って、でも結局最後に辿り着いたのはやっぱりお菓子売り場で、結局私は1000円札を貰ったにも関わらず、いつもと同じ105円分の飴玉を袋につめて・・・いつもは自分の分の桃色をみっつ、青をひとつ、オレンジをひとつ入れていくが、けれどその日は本当にいい日だったから、幼心ながらに感謝の気持ちを持って、青をふたつ、オレンジをふたつ、桃色をひとつ小さな袋に落としてレジを抜け、父親の待つ入り口へと向かった・・・・・けれど。










そこに、待つべき父親の姿は無かった。










――――あれから、何年も経った。
父親が居なくなったこの家庭は、なぜだか急に裕福になり(、、、、、、、)、やがて新しい父親が出来て、前よりも色んな物が買って貰えて、自由に好きなところに行けて、好きなことができるようになった。

けれど、買い物に行って帰ろうと思うと必ず、入り口の前にあの優しげな姿と、最後に見た疲れきった表情が交互に浮かぶ。







多分、そんな記憶もそのうち薄れていって、





もう、二度と、見ることはできないのだろうけれど。




お菓子売り場飴玉コーナーの一角



















おとうさん、おとうさん、どこにいるの?





100均は大好きです。

2008 . 5 . 6

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