例えるならそれは、この上なく「黒」に酷似した・・・・・






暗闇至上主義






憎しみは憎しみを呼び、恨みは恨みを生み。
永遠に終わらぬ「復讐」という名の仇討ちに、人々は飽くこともなく沈んでいく。
端から見れば、なんと滑稽なことだろうか。

けれどこれが、人間。
ずっとずっとずっとずっと、ただ殺し殺される、それは人間という名の生き物。
時には友を殺し、恋人を殺し、親を殺し、挙句自分を殺す、愚かで哀れなモノだ。

けれど「そいつ」は、他の奴等と同じように頽廃に染み、他の奴等と同じように他人を殺してその血を浴びているにも関わらず、その瞳は他の奴等とは全く違う色で、違う方向を見ていた。



「お前は、何を見ている。」


ある日、ふと「そいつ」に問い掛けたことがあった。
当時の「そいつ」はまだ相当に幼くて、その問いの真意に気付くかどうか・・・いや、決してまともな答えが返ってくるなど期待しては居なかった。
ただ、問い掛けてみたくなったから。急速に心に芽生えた欲求に逆らう事無く、私は疑問を口にした。

「そいつ」はゆっくりと私を見上げ、その瞳でしっかりと私を捕らえた。



「―――――前を。」


最初に「そいつ」がそう答えた時、私は「やっぱり質問の真意を理解することは無かったか」と、やや残念にも思いつつ、最初から何ら期待などしていなかったから、そのまま「そいつ」に背を向けようと思った。
が。
「そいつ」が紡いだ次の言葉に、私は「そいつ」の言った『前を見ている』という言葉の意味に気が付いた。


「貴方も割と前を見ている。けれど嫌いなモノから目を逸らすのは、私達と何ら違わないコドモの証。」


その言葉に足を止め、振り返る。
「そいつ」はやはり、私を見ていた。
全てを見透かすような、漆黒の瞳で。
しっかりと、私を・・・私の全てを、捕らえてしまっていた。


「嫌いな物?」
「自覚してはいるのでしょう?紅い紅い・・・・・貴方の嫌いなモノよ。」


臆する事無く答える「そいつ」に背筋が凍るような思いがしたのを、今でも鮮明に思い出せる。




――――――「そいつ」が見ているのは、前だけだった。
ただじっと、前だけを。
決して振り返ることは無く。後悔なんてすることはなく。
例え身を切り裂かれようと、何よりも大事な人が目の前で息絶えようと。

「そいつ」は・・・・前しか見ていなかった。













+ + +






「似てるんだな。」



例えばこんな夜。
空を見上げれば、普通の人間は光を撒き散らす月にだけ目を奪われる。
けれど月よりも遥かに広く、決して自己主張をすることなく静かに、月の周囲にも自分の周囲にも闇は存在していた。黒く黒く、暗く暗く、闇はただ其処に在った。
人々は自然に、闇から目を背けて歩く。
闇が其処に在る事すら、気付かぬ人は多い。
けれど、光が一筋も差し込まない部屋に一人きりになると、急速に闇の存在が心に入り込んでくる。そして意識するのだ。闇の存在の大きさと、それに対する恐怖とを。

「そいつ」は、闇に似ていた。


普段其処に居るだけなら、別段変わったところなど何一つ無く、自然に視界に入って自然に記憶から消失していくその姿。けれどほんの少し近寄って話をしたなら、途端に捕らえられ絡み付かれて心の奥にまで入り込んでくる。それは「そいつ」が望んだわけでも、私自身が望んだわけでもなく。
磁石が鉄に吸い付けられるが如く。


だからこんな夜に空を見上げると、頭の中に巡るは「そいつ」の面影。


まるで彼女自身を現すような闇は、ほんの少し触れただけで「そいつ」を連想させる。
「そいつ」の声を、髪を、顔を、香を、色を、表情を、仕草を、
忠実に脳内に蘇らせてくれる。
下手な写真よりも鮮やかに。
――――――自分が望んでいなくとも。

忘れる事は無いだろう。
毎日毎日、夜はやってくる。
夜の訪れとともに、闇は街を侵食していく。
そしてその闇に触れる度、私は「そいつ」を脳内に呼び起こす。



――――――――――――忘れないでね・・・・。




「そいつ」の最期の言葉が、脳内で鳴り響いた。

あぁ、忘れる事など無いだろう。
忘れる事など出来ないだろう。
「そいつ」は私にとって、余りにも大きな存在だった。


忘れる事など、出来やしない。
私は未だ「そいつ」に捕らわれたまま。この先きっと解放される日など来ない。


「――――それでいい。」


そのまま、ずっと離さないで居てくれれば。
闇の中に、私を捕らえて縛り付けていろ。

私はいつまでもお前に束縛されていることだろう。






「おやすみ、久遠。」








血に染まったお前を、お前に良く似た闇の中で。

強く強く、抱き殺すほどに締め付けて。


節分記念に何か書いてみようと思った筈なのに。
全く節分関係無し。
久遠死ネタ。
メア久遠でシリアス。

(2007 / 02 / 03 By RUI)

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