されていくセカイ







自分は尋常では無いのだと、最近益々思うようになった。
いや、思うというよりも、強制的に実感させられるといった表現の方が正しいだろう。

それが例えばどんな時かと問われるなら、今まさにこんな時だ。






―――――――殺セ



意識が遠のく。
そして、“別の”意識が浮上する。



―――――――殺セ殺セ殺セ




その強制的な入れ替わりに抗う術もタイミングも私には無かった。ただ流れに身を奪われ、渦巻き鬩ぎ合う激情に身体も精神も翻弄されるまま眩暈によく似た感覚に陥り、ふと身体が楽になったと感じた瞬間には目の前が闇に覆われ、そして目を覚ました先にあるのは・・・・・・・・・・


累々と積み重なる、屍の山。



それらを目の当たりにして、もはや後悔も何も無い。
ただ呆然と。
糸の絡まった操り人形の如く、どうするでもなく、どうすることもできず。
端から見れば滑稽な程の時間を、ただ馬鹿みたいに突っ立っているだけ。


昏睡と覚醒。

「私」が眠れば、もう一人の「私」が目を覚まし、またもう一人の「私」が眠った瞬間に「私」は目を覚ます。もう何千何万と繰り返してきた、異常な入れ替わり。自分が何をしたのか、何をしているのか、果たして入れ替わっている間の記憶は私には無い。もっとも、思い出せようが思い出せなかろうが、目の前に広がるこれだけの死体と自らを紅く染め上げる返り血を見れば、自分が何をしたかなど一目瞭然。

この尋常じゃない二面性は、何も私に限った事ではない。

殆どの魔女が、二重人格などという生易しい言葉では足りない二面性を持っている。
街にも居た。同じような二面性を持っているであろう魔女が、二人。
一人は幼くて、けれど私なんかよりずっと大人で、闇に染まった人形師に命を託して死んだ。
一人はとても大人で、中身は更に大人で、けれど何処かあどけない幼さも併せ持っている不思議な人。暇潰しにこの街を崩壊させる機会を窺って、自ら街の裏切り者になった。


ああ、尋常じゃない。


勿論そんな事は今更な上に、その「尋常じゃない」中には当然自分自身も含まれている。魔性の者に「普通」など存在しない。ふと意識を失って、気付けば周囲の人間全てを絶命させている、など。私自身が普通の人間だったとしても身震いする話だろう。全く普通じゃないのだ、私達は。その意味で考えていくなら、残虐なる魔女狩りも頷ける。殺やなきゃ殺られる、まさしくその通りだったのだ。あやつら「普通の」人間共は死を恐れ、死にたくないと切に願うあまり、残酷なやり方で恐怖の根源を葬り去ろうとした。
別に間違っては居ないだろう。
普通の、考え方だ。
私だってそうするだろう。

ただひとつ間違っていた点を挙げるなら、そんなことでは私達を根絶やしにすることは到底できないこと。そして面白半分に報復を愉しむ魔女・・・・身近な例を挙げるなら、先程言った、自ら街の裏切り者へと成った「葬送曲」辺りをかえって刺激し、余計に被害者を多くしてしまったこと。それくらいだろう。
――――葬送曲などという人間味の欠片も無い名前と、人間味の欠片もない言動。壊し殺すことに悦びを見出し、ひたすらにその悦びだけを味わおうとするあの魔女は、そういえばあまり二面性を見たことが無いなと思う。あれだけしっかり魔女の血を継いでいるのだから、二面性があることは確実なのだが。

あの残虐なる性格が、果たして裏の性格なのか元の性格なのか。
もしもあれが素だというのなら、裏の顔はどんなものなのだろう?
真逆に優しくなるのだろうか。それとも更に残虐に成るというのだろうか。いや、あれ以上残虐な性格などあるのだろうか?・・・・・・・あるか。そういえば「普通の」人間でも葬送曲より残酷な人が居たな。それもとても身近に。

よくよく考えてみれば、我等が指揮官、ディストーションが「普通の」人間に分類されるのならば、自分ももしかして普通の人間なのではないか?どれだけ悪く見積もっても、自分があの男より残酷とは思わない。闇椿の目の前で幼い妹の両腕両足を切り落として嗤うあの男。自分は少なくともアレよりマシであると自負している。



「――――貴女が残酷なんて、私は思っていないわ」



ふと声がして振り返る。

黒服に黒髪の、一瞬葬送曲を連想させるその姿が目に入って柄にもなく怯えたが、纏うオーラのあまりの差にその考えはすぐに消し去られた。


「久遠、さん。」
「まあ、こんなこと私が言わなくても、きっと闇椿や冬葵辺りに言われ慣れてるのでしょうけれど。」

珍しくもにこりと微笑んで、(無論それが作り笑いである事など判り切っていたが。)久遠は傍に寄った。

「紅茶と緑茶、どちらが良い?」
御盆に乗せた、湯気の立ち昇る二つのカップを掲げて久遠が問う。

「・・・・・・ありがとうございます。緑茶を頂きます。」
「お茶菓子も用意できれば良かったのだけど。」
「あ、いえ、充分ですよ。」

温かい緑茶を喉に流し込むと、幾分心が安らぐ。
まぁ、判ってて持って来てくれたのだろうが。


「――――失礼ですけど・・・久遠さん、は・・・・普通の人間ですよね?」

一息ついて、隣で紅茶を口に運ぶ久遠を振り返る。
失礼にして意味不明なその言葉に、しかし久遠は顔を顰める事も無く、もう一口紅茶を口に含んだ。

「さあ、どうでしょうね」
「私も久遠さんが魔女とは思っていません。・・・・ただ・・・。」


『――――貴女が残酷なんて、私は思っていないわ』


偶然にしてはあまりにも出来すぎている、心を見透かされたような言葉。
それが久遠自身が元々持ち合わせる鋭い洞察力から来るものなのか、永久が遺して逝ったものなのか、はたまた本当に久遠も魔女なのか、全く想像がつかない。


「桜は、」
「はい。」
「この街のこと、どう思ってる?」


ザワ・・・・・・・。



黒桜は飲み掛けの湯呑みを御盆に置く。
下から2cmほど残された緑茶は、黒桜の手を離れると同時にどす黒く濁った。


「私には判りません。皆さんと同じく、私も多くの記憶を奪われた・・・。この街に来る以前のことで覚えているのは、魔女狩りがあったことくらい。それすらも酷く曖昧です。比べる対象がないのだから、良いとか悪いとかも良く判りません。・・・・・良くは無い、・・・・のでしょうけれども。」

「そうね。」


久遠は黒桜が置いた湯呑みに目を落とす。
どす黒くなった緑茶から色が滲み出ているように、湯呑み自体も黒く染まりつつあった。


「面白い器。此処は呪われているのかしら?」
「悲しみとか憎しみとか、そういうのを敏感に感じ取ってるんです。――――どちらのかは、判りませんけれど。」


私の悲しみか、久遠さんの憎しみか。


「試験液みたいなものですよ。負の感情に反応して濁る。その想いが強いほど、濃く黒く。」
「つまり、私か桜のどちらかが、これほど強い負の感情を持っている、と。」

ピシ、と鋭くヒビが走った湯呑みを笑う。

「自覚あります?」
「さぁ、やっぱり私なのかしら。そんな気もするし、違う気もするわ。」
「私も同じですよ。私かもしれないし、違うかもしれない。」
「半分くらいずつなんじゃないかしら?じゃなきゃ此処まで酷くならない気が。」

カタカタ・・・と細かく揺れたと思ったら、湯呑みはパァン!と砕けて散った。
そして置いてあったお盆にまで、ピシピシとヒビが入り始める。

「そうですね、半分くらいずつ。私も此処まで酷いのは初めてみましたし。」


何故だか心が軽くなった気がした。
―――――同志を見つけた。


「久遠さん、此処だけの話・・・・久遠さんの本当の目的って何ですか?」
「目的?」
「久遠さんは何で、この街に居るんですか?」


問い掛けると、久遠は笑った。

憎悪と悲哀と狂気に満ちた、初めて見る本当の笑顔で。







「私の目的は・・・・・・・―――――――。」






久遠が言葉を紡ぐと同時に、お盆も砕け散った。
部屋は黒に覆われていた。
そして四隅から、ピシピシと聞きなれた音が聞こえてくる。



あぁそういえば。
久遠さんの住まう塔は、真黒だったっけ。

それは人為的に塗った物でもなんでもなく。

ただ、居たから。
久遠さんが、其処に居たから。

あんなに黒く、暗く・・・・・・・・。





「――――ほら、貴女は残酷なんかじゃないでしょう?」

私と比べるなら、と言ってまた嗤う久遠は、ぞくりとするほど美しかった。
久遠さん、と名を呼ぶはずが、喉から出たのはひゅうという空気音だけ。
声も出せずにただその妖艶な笑顔だけを眺め続ける私は、きっと滑稽で愚かなことだろう。

「私は無知だわ。自分が何者なのか知らない。自分の存在意義を知らない。なぜ生きているのか、なぜまだ死んでいないのか判らない。興味も無い。探究心を置き去りにして、生まれるのは薄っぺらい疑問ばかり。その答えを私は求めようと思わない。思考を止めた人間の先にあるものは破滅。けれど私は、心のどこかでそれを渇望する・・・・・」

「久遠・・・・さん・・・・」

やっと搾り出せた声。
その後に続けるべき言葉は、未だ行方不明だけれど。
ああなんと馬鹿げた光景だろう。
高尚に自分の在るべきを語る女と、その名を呼ぶのに精一杯な自分と。





「貴女は残酷ではないわ。それが貴女の在るべき姿。どちらの姿も本物の『黒桜』・・・・」



遠ざかる意識の中、凛と響く声がする。




「  おやすみなさい、黒桜

   そしておはよう、黒桜  」










目覚めた先にはまた累々と屍の山。



眠ってたデータの掘り起こし。
昔過ぎて口調も立場も全然違う。
ある程度口調書き直したけどどうだろう。

(2004 / 10 / 27 By RUI)
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