世の中はくだらないと、これまでに何度思ったことか。
もうどうやっても救いようの無い、ゴミの掃き溜めとなった醜いセカイ。
いっそ潔く廃墟と化してくれればまだ美しかろうに、中途半端に生き残ろうとする見苦しさに目も当てられない。
最近益々、このセカイに対する憎悪が激しくなっているのを感じる。それと同時に、私の嫌悪の矛先が、「セカイ」ではなく、セカイを穢す「ニンゲン」に向けられていくのも感じた。


それは恐らく、「あの人」がこのセカイを創っていると知ったからだろう。
あの人の幸せも血も涙も、全て犠牲にして創られたそれを、こんな形で踏み躙られるのは、私にとってもで許されざる悪だった。




「くーおんッ」
「煩い。私に近寄るな」

相変わらず久遠は私に冷たい。勿論久遠が忙しいのは百も承知で、そして私が久遠の仕事を著しく邪魔しているのも重々承知。判っててやってるのだ。

「退きなさい、リデル」
「ロリーナだよ」
「同じよ。私は忙しい」
「少しくらい相手してくれたって良いじゃない?」
「・・・・そう」

今まで一向に顔を見ようとしなかった久遠が、不意に私に振り向いた。
どこか吹っ切れたような薄い微笑すら浮かべて。


「っあー・・・・本当に忙しいみたいだね、うん。今日は退こうかな?」
「あと二秒くらいゆっくりしていったらどう?」

久遠が言うが早いか、私はその場から駿足で離脱した。
「あと二秒」という猶予は、久遠が私の首を落とす為に必要な時間だと気付いたから。








* * *




「楽しそうね」

つい口をついて出た言葉に、案の定久遠は苦い顔をして振り返った。
主語その他諸々が抜けていても、それが何を指しているのか判らないほど久遠の思考は鈍くない。

「くだらないことを」

黒鶫を一瞥して、久遠の視線は下を向く。
決して俯いているわけではなく、下の世界を・・・神が作り上げたこのセカイを、見下ろす。

「・・・・くだらない。何もかも」

苛立ちを言葉として地に落として行く。

「私が創り、クランが育み、リデルが壊す。いつまで経ってもその繰り返しが続くだけよ」
「嫌になった?」

単純明快な問いに、しかし久遠は答えるまで少々の時間を要した。
嫌いではない、でも何かが心に引っかかる。
それが何なのか、まだこの時の彼女は知らなかったから。

・・・・大事なものは喪ってから気付くとは、よく言ったものだ。
喪(うしな)う悲しみは、彼女のよく知るところであった。
生き物とは有限の存在であり、遅かれ早かれ必ず彼女の下を去る。
そして生き物ではない彼女はいつも、ただ一人、取り残されていく。

何度も、何度も。

彼女はいつだって、間近な人を喪(うしな)ってきた。



いつも彼女は出逢った人に約束させる。
「ずっと私と、一緒にいてね」と。
相手はいつだって頷いた。
「ずっと貴方と、一緒にいるよ」と。

けれど誰もその約束は果たせなかった。
総ては有限の存在であり、彼女だけが無限の存在。
誰も彼女と、一緒にはいられない。

彼女が、久遠がそれを理解するのに、さして時間はかからなかった。
久遠は選択しなければいけなかった。


一時の幸せに溺れ、必ず来る惜別に苦しむか、悲しまないために、永遠に孤独でいるか――――



彼女は悩んでいた。
悩んで悩んで悩んで悩んで、最後の人が目の前で永遠の眠りに就いたとき、



彼女は、もう誰とも関わらないと決めた。






・・・・彼女の心を凍てつかせるには充分過ぎる時間を、彼女は一人で過ごした。
けれど、或る日突然現れた真っ白い少女は、彼女の総てを無視して、彼女の内側に入り込んできた。

久遠とはまるで正反対な存在。
黒と白、静と動。
創る者と、壊す者。

厄神(リデル)を名乗る白い少女は、一方的に久遠を憎み、久遠に怒り、久遠を攻撃し、久遠に反撃され、十三度目の月が昇る頃・・・・・。


久遠のことが好きだと言った。



厄神は毎日久遠を訪ね、毎日久遠を翻弄する。
久方振りの人肌は、凍えきった久遠にはもう熱すぎる。
関わりたくないと本能が叫嘆し、警鐘がけたたましく響いているが、それでも、それでも、久遠は。


「・・・・私は、莫迦だと思う?」
「思うわ」


即答。
例え厄神であっても、生きている以上は死が訪れる。
いずれトワは死ぬだろう。
「永久」の存在になんて・・・・なれるはずがないのだ。生き物は有限の存在なのだから。
クオンこそ「久遠」の存在。終わりがなく、果てはなく、ゆえに時間も空間も歴史も過去も未来も展望も追憶も彼女には全くの無意味であり、無意味であり、無意味でしかないのだ。
無駄で無意味で無意義で無価値で無条理で無品格な、まるで諧謔。
いずれ別れが来る。
また同じだ。
ただの繰り返し。
永久の死体を前にして、久遠は嘆き、叫び、悲しみ、悔い、苦しみ、狂い、それでもどうしようもなく長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長すぎる時間を、彼女は過ごさなければならないのだろう。



「つまらないわね」



何度も、何度でも、彼女は繰り返していくのだろう。
いずれ別れが来ることを知りながら、他人と出逢い、関わり、交わり、そして別れに嘆き苦しむ。
彼女が学習しないわけではない。
誰かが悪いわけでもない。
永遠の繰り返しこそ、彼女に対するこれが罰。

生まれたことに対する、罰。







・・・・久遠の目に光はない。
ただぽつりと、己の過去を知り、これからを知り、辿るべき道を、辿りつけない道を、愚かなる運命を、
つまらない運命を、出逢い行く人々を、別れ逝く人々を、一縷に断ち切るように。

そして断ち切れず。







「私はずっと、独りでいい」








久遠は解答を、出した。




砂糖漬けの絶望





二年以上前のデータが途中で切れてたので
続きを書いてUPしてみました。
当時の私はどんな終わりを想定していたのでしょう。

2009.06.20
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