恋愛は美味しいタルトに似ていると、昔、誰かが言っていた。





ストロベリィタルト












「甘い、ってことなのかな?」
「なにが?」
「恋愛って、美味しいタルトみたいなモノなんだって。どういう意味かなって考えてるんだけど」
「それはまた、随分と哲学的ね」
「サラサは誰かに恋してるの?」

問いかけに答えが返されることはなく、代わりに盛大に咳き込む音が夜中のお茶会に響いた。
サラサの握っていた湯呑みは白いテーブルを転がり落ちてカランと音を立て、中に満ちていた若緑の新茶を大理石へと撒き散らす。

「あららー・・・大丈夫?」
「けほっ・・・、な、何事にも素直でストレートなのはとっても良いことだと思うけど、不意打ちは遠慮しない?飲み物を口に含んでるときは特に」
「はーい、心得ておきますっ」
「・・・」

本当に心得たのだろうか。
胸中に一抹の不安を残したサラサは失笑しつつ、湯飲みを軽く水で濯いで、緑茶を注ぎ直した。
こぽこぽと流れる音が心に染みて癒される。
白い丸テーブルの上に並べられたお菓子はケーキやタルトなどの洋菓子ばかりだが、サラサは習慣上どうしても緑茶を飲む。目の前の彼女からは、洋菓子なんだからーと紅茶を勧められたが、カップの中で揺れる赤がどうしても口に合わず、丁重に断った。
ゲームの休息を束の間堪能していたところで、ふと先日のゲームで相手した葵色の瞳に対する苛立ちが再度こみあげてきた。あの疎ましい、穢れを知らないフリをした、葵色の悪魔。
思いがけず湯飲みを握り締めていたことに気付いて、慌ててその手を緩める。
顔を上げるが、彼女は気付いているのかいないのか、ぼーっと月を見上げたままこちらを訝しむ様子はない。ほっと安堵に零れた溜息は、しかし唐突な言葉によってまたしても咳へと置き換えられることになった。

「・・・・で、結局サラサは、クラン様が好きなの?ロードが好きなの?」
「げほげほげほげほっ!!!」

呼吸器官に熱い緑茶が流れ込むのを体内で感じた。
もはや唐突とかそんなレベルではない。なんだその話の飛躍のしようは。そしてもう少し言葉を選べ!・・・と色々言いたいことはあったけれど、どれも咳に呑まれて言葉にならない。

「ら・・・ライラック〜・・・・」
「なぁに?」

咎めるような視線を送っても意に介していないのか、はたまた全く気付いていないのか、ライラックは満面の笑顔を以て聞き返してくる。その無垢な笑顔に毒気を抜かれ、加えて、次のゲームでこの笑顔ともお別れなのかもしれないと思うと、急速に軽い苛立ちも消え去ってしまう。

「・・・・・いい、なんでもない」
「そう?」
「ライラックには、好きな人がいるんでしょ?」

恐らくライラックが喜んで食いつくであろう話に戻してやれば、意外にも彼女は一瞬戸惑った表情を見せて、けれどもすぐさま繕った笑顔に戻ると、そっと人差し指を口に添えた。




・・・・内緒、ということらしい。



「言えないの?」
「気になる人なら、いるよ」
「気になる人?」

問い返せば、ライラックの瞳にふと黒いものがよぎった気がした。
それが光の加減のせいだったのかどうだったかは定かではないけれど。

「その人のことが何よりも大事で、その人の為ならなんでもできて、その人のことがずっと頭から離れないの」
「それが、ライラックの好きな人なんじゃないの?」
「よく判らないよ。でも、違う」
「・・・なんで?」



「苦しいだけだもの」



ぽつりと零れた声は、妙な重々しさとリアリティを孕んで、泣いているように霞んでいた。


「甘くも、なんともない・・・・。ただ私を縛り付けるだけの、重い重い鎖」





ぎちりと、ライラックを椅子に縛り付ける無数の鎖が音を立てた気がした。
勿論それは幻聴であり、ライラックは不自由なく自らの意思で動き回ることが出来るはずだが、それでもその腕に重く錆びた鉄の鎖がぎちりぎちりと巻き付いて締め上げている錯覚は離れなかった。

ライラックはそっと、皿に盛られたショートケーキに手を伸ばす。
ふわふわで真っ白い生クリームがたっぷりと盛られ、中央にはきらきらと光を反射する真っ赤な苺のアクセント。

「クリームってさ」
「え?」
「・・・クリームって、フランス語では「罪」って意味なんだって」
「罪・・・・」
「真っ白い罪にまみれたケーキ」

蔑みながらもどこか夢見る口調で、ライラックはそっと銀のフォークを手に取った。
三本の山に、上下が逆になった自分の姿が映される。




「サラサの恋は、どんな味がするの?」


紅茶に濡れた唇がそう紡ぐ。
その比喩があまりにストレートで生々しくて、サラサは言葉に詰まった。
ふと気付けばぎちりぎちりと、自分からも鎖に締め上げられ骨が軋む音がした気がした。

「いただきます」

そっとフォークを突き刺して、ライラックはケーキを口へと運ぶ。








「甘いね」






にっこりと、ライラックが微笑んだ。






ストロベリィタルト

甘く、甘く、ココロを溶かしていく・・・・。





人気投票、ライラックとサラサに票が入っていたのでお礼小説。
ずっとずっと前に携帯にメモってたので脚色してUP。

2009.06.17
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