酷く甘すぎる夢に眩暈がした。
薄汚れた現実世界では想像すらできないであろう、誰かが作った箱庭のような花畑の中で、もう居るはずのないアイツがオレの横で笑っている。昔と何も変わりやしない、ムカつくくらいに屈託のない笑顔で。遥か昔に、もういつだかすら思い出せないほどずっとずっと前に俺が失くした笑顔で。俺が成長するにつれて、落としてきてしまった綺麗な何かを両手にいっぱい抱えて。
『笑うんじゃねぇよ』
低く、唸るように搾り出した俺の声に、アイツは益々笑みを深くする。
綺麗で、綺麗で、綺麗で、ムカつく。
『本当は何にも無ぇくせに』
睨みつけたはずの瞳から、なぜか涙が零れた。
俺は持っているのに。
コイツが失ってしまったモノを、持っているのに。
何で何もかもを失くしたはずのコイツが、こんなに沢山綺麗なモノを抱えて、こんなに綺麗に笑うんだ。
苛々する。
『・・・・・笑うなよ・・・っ』
泣いてるんだか怒ってるんだか、きっと目も当てられないほどにぐしゃぐしゃであろう顔を伏せて、その場に崩れる。
何でだ。
こんなの可笑しいだろ?
何で、とっくに死んだオマエがこんなに楽しそうに笑ってて、
何で、今尚精一杯生きている俺がこんなにみっともないんだ。
可笑しいだろ、こんなの。
『綺麗だよ』
不意に言葉が落とされる。
顔を上げる前に優しく抱き締められた。
夢なのに、とてもとても懐かしい香りがした。
『・・・・オマエの方が、とっても綺麗だよ』
返した言葉は俺のモノだったのかアイツのモノだったのか。
わかったのは、顔を上げた先に笑うアイツの笑顔は、やっぱりこの世の何よりも綺麗で、
その澄んだ瞳に映る俺の顔は、やっぱり目もあてられないほどみっともなかった。
・・・・次の蔑みの言葉を捜しているうちに、ぐらりと視界が歪んで。
気が付けば視界にはアイツの顔なんて面影もなく、ボロい部屋の天井と、そこから吊り下がる照明が静かに佇んでいて。
未だ寝惚けたままの俺は、アイツめ何処に隠れやがった、と上半身を起こして一瞬だけ目で追ってしまった。
ぐるりと部屋を見渡した所で、ああそういえばこれは夢だったんだと気が付く。
部屋に掛けた鏡を見れば、現実でもやっぱりみっともない俺の顔。
そして口端から滴る赤。
喉に絡みつく熱に気付いて咳き込めば、汚らしい赤が布団を汚す。
鉄錆の匂いが混じった溜め息を零して、もう一度瞳を閉じた。
もう一度アイツに逢えるだろうかなどというくだらない期待と共に、この真っ暗なヴィジョンに、果たして再び映像が映る刻が来るのだろうかという自問を被せながら。
絡みつく茨の檻
逃れようと足掻いた所で
新たな血を流して痛いだけ。