えばちた





青い青い、空。
あまりずっと眺めていると、その美しさに溺れそうになる。

何故だか息苦しくなって、眠兎は空から目を背けた。




「ミント」



不意に聞こえた、柔らかい声質でありながらも鋭く冷たい声。
ゆっくりと振り向くと、其処には黒服の女生徒が立っていた。



「此処には来るなと言った筈」


淡々と紡がれる言葉。
それは注意や説教のような生易しいモノではなく、一種の警告。
確かに、此処にいるのは危ない。
“人形達”は彼女の意思に構わず、侵入者を排除しようとするのだから。



「・・・・あなたに、あいたかったから・・・・・・・・・」



この、空を切り裂く闇染めの塔の中は、まさしく“彼女”に相応しいと言えるだろう。
此処は彼女の場所であり、彼女だけが入ることを許される、彼女の為の塔なのだから。
・・・・・・しかし、自分はどうだ。
普段は強気でも、口から出た言葉は消え入りそうなほどにか細く、この塔の中でその存在感は
微弱にして微量にも満たない。

自分が此処にいるのはそもそもの間違いなのだが、それでも意を決して侵入を試みれるのは
この頽廃の街の中で只一人、自分だけだと信じれる。
あの“人形達”と渡り合える生徒は、自分くらいだ。

自分は、此処に数秒でも居られるだけの能力を持っている。

(もっとも、あの包帯青年や銀髪教師や紅いサディストなら、人形を一個一個破壊して回らなくても塔に入れてもらえるのだろうが。)



けれど。
そんな事実も霞むほど、塔の中には冷たく深い闇が立ち込めていた。
少しでも気を緩めようモノならば、絡み付く闇に喰われてしまいそうだ。



――――――――彼女の視線が、眠兎を捉える。
冷たい視線。
別に彼女は怒っているわけでも、呆れているわけでもないだろう。
『全てに置いて無感動』
それが彼女の特徴なのだから。

触れたら、きっと骨まで綺麗に切れてしまいそうな、鋭い視線。
誰に対しても、警戒を緩める事は無い。

そうして、彼女は彼女自身を護って来たのだ。


彼女の視線が凍り付くまでに冷たいのは、きっと彼女の過去と、環境のせい。
そして、もう二度とその瞳を開く事の無い、もう一人の『彼女』のせい。




・・・・・この人が、自分にもたらした影響はとてつもなく大きなものだった。

けれど。

自分がこの人に与える影響は、ゼロにも等しい。
その事実に、先程の息苦しさがもう一度蘇ってくる。



「外に出なさい。そして、・・・・・もう此処には来るな。」


相変わらず抑揚の無い、冷たい声が脳に直接響く。
けれどこの冷たさは、他者に対する冷度に比べれば、全然温かいものらしい。

『久遠さんは、アンタのこと気にしてる。』



時雨の言葉が、ふと脳裏に蘇った。


「・・・・クオン・・・・・・・・」


名を呼ぶ。
彼女・・・・久遠は微動だにしないから、果たして今の声が久遠に届いたのかどうか判らない。


「何?」

ややあって、返事が返ってくる。
それによって自分の声が久遠に届いたのだと理解した。

「どうして・・・・・・あのときたすけてくれたの・・・・・?」



思えば、この塔と同じくらい、あの時の神社は暗かった。
ナイトメア曰く、久遠が近くに居ると、周囲はいつもよりも暗く冷たくなるとは言っていたが。

神社の階段を紅いナニカが伝って堕ちた。
ドサリと、ミントを突き落とそうと手を伸ばしていた奴等は崩れていく。

そして、飛び散る紅が闇に消えた時。

――――――――――眠り兎は闇に出会った。







「お前は永遠を信じられるか?」

唐突な久遠の問いに、眠兎はしばし考え込む。
そして眠兎はその答えを言葉にしようと口を開いたが、それは久遠自身によって制された。


「返事は聞かない。さぁ、もう夜が来る・・・・塔の悪夢を見たくなければ、そろそろ外に出なさい」





久遠はそう言って、眠兎の背を押した。

・・・・・・・数歩歩き出して、眠兎は振り返る。


其処には既に、久遠の姿は無かった。








代わりに、黒く高い高い天井から首を吊った人形が、こちらを向いて満面の笑みを浮かべた。













「おやすみ・・・・・・クオン・・・・・・」


眠兎は静かに踵を返し、暗い塔の中を歩いて行った。









―――――――――――そして眠り兎は闇に眠る。



首吊り人形が笑う夜。
初めての短編。
この二人は描き易くて好き。

(2006 / 12 / 09 By RUI)

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